年ぐらいになりましょう」
「屋敷のなかは荒れているだろう」
「ええ、もう、荒れ放題で、家は毀《こわ》れる。庭には草が蓬々と生えている。あんな無気味な屋敷は早く立ち腐れになってしまえばいいと、近所でもうわさをして居ります」
「そうだ。幽霊に貸して置いたのじゃあ店賃《たなちん》も取れず、早く毀れてしまった方がいいな」
 半七は茶代を置いて烏茶屋を出ると、この頃の日はもう傾きかかって、何処からか飛んで来る落葉がばらばらと顔を撲《う》った。半七は肩をすくめながら歩いた。女房に教えられた化け物屋敷の前に立つと、もとより小さい御家人の住居であるから、屋敷といっても恐らく五間《いつま》か六間《むま》ぐらいであろうと思われる古家で、表の門はもう傾いていた。生け垣の杉も枯れていた。
 裏口へ廻って木戸を押すと、錠も卸されていないと見えて、すぐに明いた。成程そこらは一面の草叢《くさむら》であったが、注意して見ると、その草のあいだには人の踏んだ跡がある。この化け物屋敷には幽霊のほかに出入りする者があるらしいと、半七は肚《はら》のなかで笑った。閾《しきい》のきしむ雨戸をこじ明けて、水口《みずくち》から踏み込む
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