程、わかりました」
庄太は忽々《そうそう》に出て行った。その日はほかによんどころない義理があって、半七は午頃から日本橋辺へ出かけたが、例の一件が気になるので、その帰り道に青山へ足を向けた。なんと云っても此の事件は、六道の辻のあたりが中心であるので、半七はそこらを一巡うろ付いた後に、烏茶屋に腰をかけた。
江戸時代の人は口が悪い。この茶店の女房の色が黒く、まるで烏のようであるというので、烏茶屋という綽名《あだな》を付けてしまったのである。色は黒いが世辞のいい女房は、半七を笑顔で迎えた。
「いらっしゃいまし。朝晩は急に冬らしくなりました」
「もう店を片付けるのじゃあねえか」
「いえ、まだでございます。どうぞ御ゆっくりお休み下さい」
女房の云う通り、秋と冬との変り目の十月にはいって、朝夕は急に寒くなった。殊に権田原《ごんだわら》の広い野原を近所に控えている此処らは、木枯らしと云いそうな西北の風が身にしみた。
「寒いのは時候で仕方もねえが、この頃はなんだか物騒だと云うじゃあねえか」と、半七は茶を飲みながら云った。
「本当でございます。なんだか忌《いや》な噂ばかり続くので、気味が悪くってなり
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