ね」
「相手は犬だ、何もそんなにむごたらしく殺すにゃ当らねえ。何かその犬によっぽどの恨みがあると見える」と、半七は云った。「犬をなぶり殺しにした上に、島田の額には犬と書く……。この一件には犬が絡《から》んでいるに相違ねえが……」
「去年の団子坂は狐使いでしたが、今度は犬ですね」と、松吉は口を出した。「四国にゃあ犬神使いというのがあるそうだが、そんな者が横浜まで出て来やあしますめえ」
「まあ、黙って、少し考えさせてくれ」
 もう午後に近い初秋の暑い日に照りつけられながら、半七は港の町をぶらぶらと歩いて帰った。

     四

「さあ、これからだ」と、半七はやがて途中で立ちどまった。「島田もお角も神奈川とばかりで、その居どころが判らねえじゃあ少し困る。横浜には島田のほかにも、写真を始めている奴があるだろう。それに訊いたら判りそうなものだが……」
「そうです、そうです」と、三五郎はうなずいた。「横浜にも此の頃は写真を撮る奴が二、三人いる筈です。誰かに訊けば判るでしょう。この暑いのに大勢が駈けまわる事はありません。これは土地っ子のわっしに任せて、おまえさん達はいつもの上州屋で涼んでいて下さい」
 上州屋は去年もおととしも泊まったことがあるので、半七と松吉はここの二階で休息することにして、三五郎と一緒に午飯を食った。
「まあ、横になって昼寝でもしておいでなせえ。夕方までには帰って来ます」
 三五郎は箸をおくとすぐに出て行ったが、ゆう七ツ半(午後五時)頃に、汗をふきながら戻って来た。彼は威勢よく階子《はしご》を駈けあがって、半七らの座敷に顔を出した。
「いま帰りました」
「やあ、御苦労」と、半七は団扇《うちわ》の手をやすめた。「どうだ、判ったか」
「わかりました。最初に大泉という奴をたずねると、こいつは近ごろ来た人間で、島田のことはよく知らねえと云うのです。それから橋本という奴のところへ行くと、これは大抵のことを知っていました。橋本の話によると、島田は長崎の生まれで、年頃は二十八九、江戸にも二、三年いたことがあるそうですが、おととし頃から横浜へ来て写真を始めたのです。去年の火事に焼けてから神奈川の本宿《ほんじゅく》へ引っ込んで、西の町に住んでいるそうですが、女房子《にょうぼこ》のない独り者で、吾八という若けえ弟子と二人っきりで男世帯を張っていると云うことです」
「島田の名はな
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