は高輪《たかなわ》東禅寺の英国仮領事館に一泊して、きょうは上野から団子坂へ廻って来たというわけで……。勿論、その頃のことですから、異人たちの独り歩きは出来ません。東禅寺に詰めている幕府の別手組《べつてぐみ》の侍ふたりが警固と案内をかねて、一緒に付いて来ました。異人三人も別手組ふたりも、みんな騎馬でした。
前にも申す通り、根津から団子坂へかかって来ると、ここらは大へんな混雑、殊にこんにちと違って道幅も狭いのですから、とても騎馬では通られない。そこで、五人は馬から降りて、坂下の空地《あきち》をさがして五匹の馬を立ち木につないで置きました。馬丁《ばてい》を連れていないので、別手組のひとりはここに馬の番をしていることになって、他のひとりが異人たちを案内して坂を昇って行きました。異人のめずらしい時代ですから、往来の人達はみんな立ちどまって眺めている。又そのあとへぞろぞろと付いて来るのもある。そのうちに一人の女が男の異人に摺れ違ったかと思うと、素早くそのポケットの紙入れを抜き取った。しかし異人の方でも油断していなかったと見えて、すぐにその女を取り押さえました。
付いていた別手組もおどろいて、その女を押さえると、女は何も取った覚えはないと云う。袂や内ぶところや帯のあいだを探しても、紙入れは見付からない。異人はどうしても取ったと云う。女は取らないと云う。なにしろその品物を持っていないんだから、女の方が強味です。女は仕舞いには大きな声を出して、この異人はあたしに云いがかりをする。取りもしないものを取ったと云って、あたしに泥坊の濡衣《ぬれぎぬ》を着せる。皆さんどうぞ加勢をして下さいと、泣き声で呶鳴るという始末。
異人嫌いの時代ですから、こうなると堪まりません。この毛唐人め、ふてえ奴だ。取りもしねえものを取ったと云って、日本人を泥坊扱いにしやあがる。こいつ勘弁が出来ねえというので、気の早い二、三人が飛びかかって、その異人をなぐり付ける。さあ、大変です。忽ちに弥次馬が大勢あつまって来て、三人の異人を袋叩きにするという騒ぎになりました。附き添いの別手組もたった一人ではどうすることも出来ない。まさかに刀をぬいて斬り払うわけにも行かないので、騒ぐなとか、静かにしろとか云って、しきりに制しているけれども、弥次馬連はなかなか鎮まらない。そのうちには石を投げ付ける者もあるのでいよいよあぶない。現
前へ
次へ
全20ページ中2ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング