た」
 コロリで死んだ年造に対して、人々の同情が俄かにさめた。まったく運のいい野郎だと云うことになってしまった。さりとて今更その死骸を捨てて帰るわけにも行かないので、人々は迷惑ながら日の暮れるのを待っていると、暮れ六ツ頃に棺桶をとどけて来たので、すぐに死体を押し込んで担《かつ》ぎ出した。
 店子《たなこ》が死んだのであるから、家主《いえぬし》も見ていることは出来ない。関口屋でも主人の名代《みょうだい》として店の者に送らせる筈であったが、それがコロリの葬式《とむらい》であるばかりでなく、本人は恐ろしい罪人であるという噂を聞いて、店の者らは送って行くことを嫌った。それを無理にとは云いかねて、関口屋でも少し困っていると、女中のお由が行こうと云い出した。
「お前は女だからお止しなさいよ」と、お琴は一応止めた。しかし誰か行かなければ悪いから私が行きますと云って、お由がとうとう行くことになった。
「お由さんはコロリが怖くないのかしら」
「なに、大さんと一緒に行きたいんだよ」
 ほかの女中たちはささやいていた。煙草屋の大吉は二十三四で、色白の華奢《きゃしゃ》な男であった。
 秋の宵の暗い露路から提灯の火が五つ六つ寂しくゆらめいて、年造の棺桶は送り出された。五ツを過ぎたころにお由は帰って来て、千住《せんじゅ》の焼き場には棺桶が五十も六十も積んであるので、とてもすぐに焼くことは出来ない。今夜はそのままに預けて置いて、七日か八日の後に骨揚《こつあ》げに行く筈であると云った。コロリのために焼き場や寺が混雑することはかねて聞いていたが、いま又そんな報告を聞かされて、関口屋の一家も暗い心持になった。
 そのなかでも、更にお琴の心を暗くする事があった。お由はおかみさんにそっと話した。
「ゆうべお通夜をしている時に、白地の着物を着た女の子が裏の木戸から覗いていたそうです」
「うちの裏口を覗いていたのかえ」と、お琴は顔の色を変えた。
「煙草屋の大さんが見たそうです。甚さんも見たと云います」
 かむろ蛇、八つ手の葉、それにおびえ切っている矢さきへ、又もやこの話を聞かされて、お琴は眼がくらみそうになった。白地の着物を着た女の子は、明神山から降りて来たらしい。お袖死ぬという、その呪われた運命がいよいよ迫って来たように思われた。
 今まではお袖にもお由にも口留めをして、自分ひとりの胸におさめていたが、お琴
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