女芝居で国姓爺の狂言をしている。十六文の宮芝居だから、衣裳なんぞは惨めなほどにお粗末な代物《しろもの》で、虎狩や楼門に出る唐人共も満足な衣裳を着ちゃあいねえ。みんな安更紗の染め物で、唐人飴とそっくり[#「そっくり」に傍点]の拵えだ。それを見ると、今度の腕斬りの一件は、この女芝居の楽屋に係り合いがあるらしいと思っていたが、いよいよそれに相違ねえ。照之助という奴が誰かの腕を斬って、それに唐人の衣裳の袖をまき付けて、わざと羅生門横町へ捨てて置いたのだろう。その訳も大抵察しているが、それを云っていると長くなる。これだけのことを肚《はら》に入れて、おめえは早く青山へ行け」
 この説明を聞かされて、庄太は幾たびかうなずいた。
「わかりました。すぐに行きます」
 庄太が出ていった後、半七も身支度をして待っていると、やがて亀吉が顔を出した。
「おい、亀、御苦労だが、青山まで一緒に行ってくれ」と、半七はすぐに立ち上がった。「筋は途中で話して聞かせる」
 こんなことには馴れているので、亀吉は黙って付いて来た。
 大体の筋を話しながら、青山まで行き着くあいだに、きょうの空は怪しく曇って来たが、どうにか今夜ぐ
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