十人も百人もいる筈はねえ。それからそれへと仲間を洗って行ったら、大抵わかるだろう」
「じゃあ、すぐに取りかかりますか」
「ともかくもそうしなけりゃあなるめえ」と、半七は云った。「丁度いいことには、下っ引の源次の友達に飴屋がある筈だ。あいつと相談してやってくれ。おれも青山へ一度行ってみよう」
云いかけて、半七は又かんがえた。
「なあ、庄太。土地の者はその飴屋を隠密だとか捕方《とりかた》だとか云っているそうだが、よもやそんなことはあるめえな」
隠密や捕吏が何かの恨みを受けた為に、或いは何かの犯罪露顕をふせぐ為に、闇討ちに逢うようなことが無いとは云えない。もしそうならば、その片腕を人目に触れるような場所へ捨てる筈はあるまい。殊に証拠となるべき唐人服の片袖をそのままに添えて置くなどは余りに用心が足らないように思われる。しかし又、世間には大胆な奴があって、わざと面当てらしくそんな事をしないとも限らない。もしそうならば、あの辺に住む悪旗本か悪御家人などの仕業《しわざ》である。相手が屋敷者であると、その詮議がむずかしいと半七は思った。
そのうちに庄太は俄かに叫んだ。
「あ、いけねえ。飛んだことを忘れていた。親分、堪忍しておくんなせえ。実はその腕はね、切れ味のいい物ですっぱりとやったのじゃあありません。短刀か庖丁でごりごりやったらしい。その傷口がどうもそうらしく見えましたよ」
「そうか」と、半七は更にかんがえた。そうすると、その下手人《げしゅにん》は屋敷者では無いらしい。なんにしても、ここで考えていても果てしが無い。現場を一応調べた上で、臨機応変の処置を取るのほかは無いので、やはり最初の予定通りに、まず飴屋の仲間を洗わせることにした。下っ引の源次は下谷で飴屋をしている。それと相談して万事いいようにしろと、庄太に重ねて云い含めた。
「ようがす。親分はあした青山へ出かけますかえ」
「日暮れにさしかかって場末へ踏み出しても埓が明くめえ。あしたゆっくり出かける事にしよう」
「それじゃあ、その積りでやります」
庄太は約束して帰った。帰る時に、彼はきょうの掘り出し物を自慢して、これも青山へ墓まいりに行ったお蔭であるから、死んだ親父の引き合わせかも知れないなどと云って、半七を笑わせた。まったく親は有難い、お前のような不孝者にも掘り出し物をさせてくれるとからかわれて、庄太はあたまを掻いて帰
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