が、半七を見て慌てて会釈《えしゃく》した。
「やあ、親分。いらっしゃい」
 それは船頭の金八であった。
「おい、金八」と、半七は笑いながら云った。「今度は飛んだ時化《しけ》を食ったな」
「まったく飛んだ時化を食いました。あの日はわっしの出番でしたが、千太がおれに代らせてくれと云って、自分が出て行くと、あの始末。お蔭でわっしは災難を逃がれましたが、千太を身代りにしたようで何だか気が済みませんよ」
「それじゃあ、おめえの出番を千太が買って出たのか。そうして千太のゆくえは知れねえのか」
「あいつは泳ぎますから、無事に揚がって来て、一旦は家《うち》に帰ったのですが、あとが面倒だと思ったのでしょう、いつの間にか姿をかくしてしまったので、親方も困っていますよ」
「千太の家《うち》はどこだ」
「深川の大島|町《ちょう》、石置場の近所ですが、おやじが去年死んだので、世帯《しょたい》を畳んでしまいました」
「浅井の屋敷で死んだ者は、殿さまと……」
「いいえ、殿さまは……」
「まあ隠すな。おれはみんな知っている。お妾とお嬢さまと女中三人、そのなかでお嬢さまと女中ひとりが揚がらねえのだね」
「そうです。お嬢
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