き難い謎であるので、半七もさすがに思案に悩んだ。
「その日はまあそれとして、その前に娘から何か聞き込んだことは無かったかえ」と、半七はまた訊いた。
「いえ、お屋敷内のことに就きましては、娘は別になんにも申しませんでした」
 この時、突然、奥の襖をあけて、五十前後の男が姿をあらわした。
「いらっしゃいまし。わたくしは植木屋の長五郎でございます」と、彼は半七の前に手をついて丁寧に会釈した。「親類に不幸がございまして、昨晩から手伝いに参って居りまして、只今ちょいと帰って参りました」
 彼はさっきから戻って来て、女房と半七との問答を偸《ぬす》み聴いていたらしかった。それを察して、半七は向き直った。
「今もおかみさんと話していたところだが、今度の一件について何か入り組んだ訳がありそうだが……」
「それに就きまして、親分さん。もう斯《こ》うなれば正直に申し上げますが……」
 あちらへ行けと眼で知らされて、お富は不安そうに立ち去ると、そのうしろ姿を見送って、長五郎はささやくように云い出した。
「こんなことを女房に云って聞かせますと、余計な心配も致しますし、女は口の軽いもので又どんなおしゃべりをしないとも限りませんから、実は女房にも隠して居りましたが、去年の十月、娘が寺参りながらここへ参りました時に、女房はちょうど留守でございまして、わたくしと差し向かいで暫く話して帰りましたが、その時に娘の口からちらり[#「ちらり」に傍点]と聞いたことがございますので……」
「むむ」と、半七も思わずひと膝乗り出した。「どんなことを聞かされたね」
「別に取り留めた事でもないのですが……」と、長五郎はまた躊躇した。
「ここでおめえが何を云おうとも、おれはみんな聞き流しにする。おめえは勿論、屋敷へも決して迷惑はかけねえ。遠慮無しに話してくれ」と、半七は催促するように云った。
「はい」
「いつまでも焦《じ》らしていちゃあいけねえ。おれだって洒落《しゃれ》や冗談に訊《き》いているのじゃあねえから、そのつもりで返事をしてくれ」
 半七もやや焦れて来た。
 云おうとして云い得ないように、長五郎はいつまでも渋っていた。

     五

 その明くる日の朝、幸次郎が半七の家《うち》へ忙がしそうにはいって来た。
「お早うございます[#「ございます」は底本では「こざいます」]。早速ですが、ゆうべちっと変なことがありま
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