隠れているのだろうと思います」
「そんなことが無いとも云えねえ」
大阪屋花鳥の二代目かと、半七は口のうちでつぶやいた。しかも花鳥の一件とは違って、これはなかなか面倒の仕事である。たとい万事が幸次郎の鑑定通りとしても、それは当て推量に過ぎないのであるから、動かぬ証拠を押さえなければならない。
「こうなると、どうしてもお信と千太のゆくえを探し出さなけりゃあならねえ。おめえ一人じゃあ手が廻るめえから、亀か庄太に手伝って貰え。おれは妾の宿《やど》へ行ってみようと思うが、お早はどこの生まれだ」
「浅井の屋敷へ出入りの植木屋の娘だとかいうことですが、宿はどこだか知りません。なに、そりゃあすぐに判りますから、あしたにでも調べて来ます」
幸次郎は請け合って帰った。雨はひと晩降りつづけて、明くる朝はうららかに晴れた。
「こりゃあ拾い物だ」と、半七は窓から表の往来をながめた。気の早い彼岸《ひがん》桜はもう咲き出しそうな日和《ひより》である。御用でなくても、こういう朝には何処へか出て見たいように思われたが、お早の宿が判らないので無闇に踏み出すことも出来ない。半七は落ち着かない心持で半日を無駄に暮らして、幸次郎の報告を待ちわびていると、午頃になって彼は駈けつけた。
「どうも遅くなって済みません。近所の屋敷の奴を二、三人たずねたのですが、あいにくどいつも留守で手間取りました。だが、すっかり判りました。浅井の妾の親許は小梅の植木屋の長五郎、家《うち》は業平《なりひら》橋の少し先だそうです」
「よし、判った。それじゃあ俺はすぐに小梅へ行って来る。ゆうべも云う通り、おめえは誰かの加勢を頼んで、お信と千太のゆくえを探してくれ。ひょっとすると、築地の三河屋へ忍んで来ねえとも限らねえから、あすこへも眼を放すな」
云い聞かせて、半七は早々に家を出た。吾妻橋を渡って中の郷へさしかかると、その当時のここらは田舎である。町屋《まちや》というのは名ばかりで百姓家が多い。時にしもた[#「しもた」に傍点]家があるかと思えば、それは「梅暦」の丹次郎の佗び住居のような家ばかりである。ふだんから往来の少ない土地であるから、雨あがりのぬかるみは深い。半七も覚悟して日和下駄を穿《は》いて来たが、その下駄も泥に埋められて自由に歩かれないくらいである。
それをどうにか通り越して、南蔵院という寺の前から、森川|伊豆守《いずの
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