の屋敷は本願寺のわきで、南小田原町から眼と鼻の間にあるので、半七はすぐにその屋敷へゆき着いた。雨はだんだんに強くなって来たので、彼は雨宿りをするようなふうをして、隣り屋敷の門前に立った。
 船底の機関《からくり》は千太の仕業らしいが、千太自身がそんなことを企らむ筈がない、恐らく誰かに頼まれたのであろう。千太を探し出して引っぱたけば、泥を吐かせてしまうのであるが、どこに隠れているか容易に判りそうもない。妾のお早に子供でもあればお家騒動とも思われるが、お早に子供は無い。本妻には男と女の子がある。しかもみんないい人であると云う。それではお家騒動が芽をふきそうもない。
 そんな事をいろいろ考えながら、半七は半時ほども其処に立ち暮らしたが、浅井の屋敷からは犬の児一匹も出て来なかった。そのうちに雨はますます降りしきるので、半七もさすがに根負《こんま》けがして、丁度通りかかった空《から》駕籠をよび留めて、ひとまず神田の家へ帰った。
 日が暮れると、子分の幸次郎が来た。
「とうとう降り出しました」
「ことしはどうも降り年らしい。きょうも降られて、中途で帰って来た」
「どこへ行きました」
「築地へ廻った」
 きょうの一件を聞かされて、幸次郎は熱心に耳を傾けていた。
「親分。その一件なら、わっしも少し聞き込んだことがあります。御承知の通り、あの辺には屋敷が多いので、わっしも大部屋の奴らを相当に知っていますが、この間からいろいろの噂を聞いていますが、噂という奴はどうも取り留めのないもので……。だが、親分。ここに一つ面白いことがあります。こりゃあ聞き捨てにならねえと思うのですが……」
「聞き捨てにならねえ……。どんなことだ」
「あの一件の当日、主人の因幡という人は陸《おか》を帰る筈だったそうです。こういうことになるせいか、因幡という人は船が嫌いで、いつも砂村へ行く時には、片道は船、片道は陸と決まっているので、当日も船で行って、陸を帰るという筈だったのを、どういう都合か、帰りも船ということになって、あんな災難に出逢った……。運が悪いと云えば、まあそれ迄のことですが、何か又そこに理窟がないとも云えませんね。陸を帰れば無事に済んだものを、その日にかぎって船に乗って、その日に限って船が沈む……」
「むむ。運が悪いというほかに、なにかの仔細が無いとも云えねえな」
「それだから、わっしの鑑定はまあこう
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