から評判の美男で、お蘭はどこかで因幡を見染めて、いろいろに手をまわして縁談を纒めたのだと云うから、惚れた亭主だ。それも病気ならば格別、こんな災難で殺しちゃあ容易に諦めが付くめえ。屋敷に瑕が付いてもいいから、その実証を突き留めてくれというのも、お蘭が云い出した事らしい。それを取り次いで、里方からこっちへ頼んで来たものと察しられる。なにしろ斯《こ》ういう仕事は、相手が屋敷だから困るな」
「大困りです」と、半七は溜息《ためいき》をついた。「まさかに奥さまに逢うわけにも行かず、しかし向うから頼んで来たくらいですから、堀田と須藤と菅野、この三軒の屋敷の用人は逢ってくれるでしょう」
「そりゃあ逢ってくれるに相違ねえ。だが、浅井の屋敷へは迂濶に顔を見せるなよ。その屋敷内に係り合いの奴があって、おれ達が探索していることを覚られると拙《まず》いからな」
「そうです。まあ、遠廻しにそろそろやりましょう」
「といって、あんまり気長でも困る」と、拝郷は笑った。「そこは程よくやってくれ」
「その船はお調べになりましたか」
「おれが立ち合ったのじゃあねえが、同役の井上が調べに行って、船は三河屋の前の河岸《かし》に繋がせてある筈だ。大事の証拠物だから、この一件の落着《らくぢゃく》するまでは、めったに手を着けさせることは出来ねえ。どうせ縁起の悪い船だ。まさかに手入れをして使うわけにも行くめえから、片が付いたら焼き捨ててしまうのだろうが、まあ、それまでは大事に囲って置かなければならねえ」
「じゃあ、まあ、三河屋へ行って、その船を見てまいりましょう。又なにかいい知恵が出るかも知れません」
「三河屋へ行っても、あんまり嚇《おど》かすなよ」と、拝郷はまた笑った。「この間からいろいろの調べを受けて、亭主も蒼くなってふるえているようだからな」
「はい、決して暴っぽいことは致しません」
 半七も笑いながら別れた。表へ出ると、なま暖い風がやはり吹いている。どうも雨になりそうだと思いながら、半七はすぐに築地の三河屋へ足をむけた。三河屋はここらでも旧い船宿で、亭主の清吉とはまんざら知らない顔でもないので、半七は気軽に表から声をかけた。
「おい、親方はいるかえ」
 船宿といっても、ここは網船や釣舟も出す家《うち》であるから、余りにしゃれた構えでもなかった。若い船頭が軒さきの柳の下に突っ立って、ぼんやりと空をながめていた
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