七は聞き逃がさなかった。
「あの女も異人を知っているのだろうな」
「さあ、それはどうですか」
「お此はお糸と心安くしていたか」
「どうですか」
「お糸はお此が誘い出したのじゃあねえか」
「そんな事はあるまいと思いますが……」
「おい、伊之。顔を見せろ」
「え」
「まあ、明るいところで正面を向いて見せろよ。おれが人相を見てやるから……」
 伊之助はやはりうつむいたままで、すぐには顔をあげなかった。半七はその頤《あご》に手をかけて、無理にあおむかせた。
「これ、隠すな。おめえはお此と訳があるだろう。お此は年上の女で入墨者だ。あんな者に可愛がられていると、碌なことはねえぞ。お糸はお此に誘い出されて、売り飛ばされたか、殺されたか。はっきり云え」
 伊之助は身をすくめたままで、唖《おし》のように黙っていた。
「さあ、云え。正直に云えばお慈悲を願ってやる。お此は贋金づかいで召し捕られて、もう何もかも白状しているのだ。それを知らずに隠し立てをしていると、おめえも飛んだ係り合いになるぞ。贋金づかいの同類と見なされて、この鈴ヶ森で磔刑《はりつけ》になりてえのか。女にばかり義理を立てて、病人の親に泣きを見
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