かも居合わせて表二階へ案内した。
「丁度だれも来ていねえようです」
二階番の女を下へ追いやって、二人は差しむかいになった。
「そこで、親分。なにか御用ですか」
「お此《この》はこのごろどうしている」
「お此……。入墨者ですか」
「そうだ。片門前《かたもんぜん》に巣を食っていた奴だ」
「女のくせに草鞋《わらじ》をはきゃあがって、甲府から郡内の方をうろ付いて、それから相州の厚木の方へ流れ込んで、去年の秋頃から江戸辺へ舞い戻っていますよ」
「馬鹿にくわしいな。例の法螺熊じゃあねえか」
「いや、大丈夫ですよ。わっしだって商売だから、入墨者の出入りぐれえは心得ています。あいつ、又なにかやりましたか」
「どうもお此らしい。実はきょう午前《ひるまえ》に、田町の両替屋で悪さをしやあがった」
三島屋の一件を聞かされて、熊蔵は眼を丸くした。
「ちげえねえ。あいつだ、あいつだ。お此という奴は、前にも一度その手を用いた事があります。あいつは此の頃、鮫洲の茶屋に出這入りしているとかいう噂だったが、田町の方へ乗り込んで来やあがったかな。おれの縄張り近所へ羽《はね》を伸《の》して来やあがると、只は置かねえぞ。ね
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