ですが、よくよく訊いてみると、自分をつかまえて文句を云った女は、まるで知らない人間で、そんなことを云って一両の小判を掻っさらって逃げたのだそうです。何か道楽息子を叱り付けるようなことを云って、そこらの人たちに油断させて、平気でまっ昼間、大通りの店さきで掻っ攫いを働くとは、女のくせに実に大胆な奴じゃあありませんか」
「成程ひどい奴ですね」と、松吉はうなずいた。「それにしても、相手は女だというのに、その若い男がどうして素直に金を渡したのでしょうね」
「それが又不思議なことには、その女が男をひき摺り倒すときに、なんでも頸筋のあたりの脈所《みゃくどこ》を強く掴んだらしいので、男は痛くって口が利けない。おまけに脾腹《ひばら》へ当て身を食わされて、気が遠くなってしまったのだそうです。それがなかなかの早業《はやわざ》で、見ている人たちも気が付かなかったと云いますから、女も唯者ではあるまいとみんなが噂をしていましたよ」
「そうですか。そんな女に出逢っちゃあ、大抵の男は敵《かな》いませんね」
松吉はわざとらしく顔をしかめて見せた。
「その騒ぎで、両替屋の前は黒山のような人立ちで……」と、女房は入れ代っ
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