物をこしらえたに相違ないが、本物と掏り換える約束をした覚えはないと云うんです。それから証拠の風呂敷を突きつけて、だしぬけにお前は丸多の主人をころしたなと云うと、重兵衛は俄かに顔の色を変えました。さあ、その途端に凄まじい響きと共に、大地がぐらぐらと激しく揺れて、この茅葺きの屋根の家が忽ち傾いたには驚きました。
逃げるという考えもありません。ただ跳ね飛ばされたように庭先へ転げ落ちると、なんだか知らないが砂けむりのような物が一面に舞って来て、近所の家は大抵倒れたり、傾いたりしている。一体どうしたのだろう、大地震か旋風《つむじ》かと、みんなが顔を見合わせていると、その隙をみて重兵衛は表へ飛び出しました。表の垣根は倒れてしまったんですから、自由に往来へ出られます。こいつを逃がしてはならないと思って、わたくしも続いて追って出る、亀吉も幸次郎も追って出る。その途端に、激しい揺れが再びどん[#「どん」に傍点]と来て、わたくし共は投げ出されたように倒れました。つづいてがらがら[#「がらがら」に傍点]という音がする。火の粉が飛ぶ……。さては火薬が破裂したのだろうと気がついて、半分這い起きながら窺うと、ここらは火元から距《はな》れているので、まだ小難の方らしく、水車に近いところの人家はみんな何処へか吹き飛ばされてしまったにはぞっ[#「ぞっ」に傍点]としました。
重兵衛はどうしたかと見ると、これも一旦は倒れながら、また這い起きて逃げようとする。この野郎と云って追いかけたんですが、二度の爆発で何処から飛んで来たのか、往来のまん中に屋根が落ちているやら、大木が倒れているやら、いろいろの邪魔物が道を塞いでいるので、なかなか思うようには駈け出せません。重兵衛は裏手の田圃の方へ逃げるので、わたくしも根《こん》かぎりに追って行くと、そのあいだに重兵衛はいろいろの物につまずいて転びました。わたくしも幾たびか転びました。いや、もう、お話になりません。それでもどうにか追い着いて、うしろから重兵衛の左の腕をつかむと、その途端に三度目の爆発……。その時はいっさい夢中でしたが、あとで聞くと三度目が一番ひどかったのだと云います。こうなると敵も味方もありません。二人は抱き合ったままで田のなかに転げ込んでしまいました。これでまあ重兵衛を取り押えたわけですが、こんな危険な捕物は初めてで、時間から云えば僅かの間ですが、馬鹿に疲れたような気がしましたよ」
「そうでしょうね」と、わたしもうなずいた。「そこで亀吉や幸次郎という人達はどうしました」
「わたくしは運よく無事でしたが、二人は怪我をしましたよ。何か飛んで来て撃たれたんですね。亀吉は軽い疵でしたが、幸次郎は右の肩を強く撃たれて、それからひと月あまり寝込みました。ほかにも死人や怪我人がたくさんあったんですから、まあ命拾いをしたと云ってもいいでしょう。孤芳の家も三度目の爆発で吹き倒されました」
「孤芳は無事でしたか」
「さあ、それが不思議で……。孤芳は無事に逃げたのか、どこへか吹き飛ばされたのか、ゆくえが知れなくなりました。万次郎の死骸は川のなかで発見されました。それも重兵衛に突き落とされたのか、夜が明けてぼんやり帰って来たところを吹き飛ばされたのか、確かなことは判りません。ほかにも死骸が浮いていましたから、あるいは爆発のために吹き落とされたのかも知れません。お絹の死骸は床下に埋めてありました。まあ、お話は大抵ここらで切り上げましょう。いや、どうも御退屈で……」
その話の終るのを待っていたように、老婢は膳を運び出して来て、わたしの前に鰻めしが置かれた。
底本:「時代推理小説 半七捕物帳(四)」光文社文庫、光文社
1986(昭和61)年8月20日初版1刷発行
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
入力:tatsuki
校正:Tomoko.I
2000年3月10日公開
2004年3月1日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
前へ 終わり
全14ページ中14ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング