、普通の人間には殆ど想像することも出来ない程の忌《いま》わしいものであった。夜もすがらに泣いて惨苦を忍んだ者に対して、花鳥はその翌日必ず一杯のうなぎ飯をおごってくれた。
三十六人のうちで、その惨苦を繰り返したものは二十五人で、余の十一人は不思議に助かった。それは比較的に容貌《きりょう》のよくない者と、二十歳《はたち》を越えている者とであった。染之助も容貌の好くないのが意外の仕合わせとなって、一度も花鳥の凌辱を蒙らなかったが、他人《ひと》が惨苦を目前に見せ付けられて、夜も昼も恐れおののいていた。
「お慈悲に早く出牢が出来たので助かりましたが、あれが長くつづいたら、人身御供《ひとみごくう》にあがった二十五人の人たちは、みんな責め殺されてしまったかも知れません。鰻めし一杯ぐらい食べさせてくれたって、あんなひどい目に逢わされてたまるものですか」と、染之助はくやし涙にむせびながら云った。
鰻めし一杯ぐらいというが、その鰻めしが詮議物であると吉五郎は思った。彼は押し返して訊《き》いた。
「そうすると、花鳥の夜伽をした者には、そのあしたきっと鰻めしを食わせてくれるのだね」
「御牢内で鰻めしなんか
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