と出来合っているのだな。そうだろう、正直に云え」
「恐れ入りました」と、お直は蒼ざめた顔を紅《あか》くした。
「今夜は小左衛門の家《うち》へ何しに行ったのだ」
「若いおかみさんが居るか居ないか、訊きに行ったのでございます」
「生きていたらどうするのだ」
「お上《かみ》へ訴えてやります」と、彼女はだんだん興奮して来た。「若いおかみさんが来てから、新どんは何んだかそわそわしていて、わたくしを見向きもしません。何を話しかけても碌々に返事もしません。新どんは若いおかみさんに惚れているのでございます。それはわたくしがよく知っています。おかみさんは身を投げて死んだということになっているのに、新どんはどうも生きているように思われると、内証でわたくしに云いました。新どんはきっと何か知っているに相違ありません」
「おまえはどうして鍋久から暇《ひま》を出されたのだ」
「やっぱりその事からでございます。若いおかみさんは生きているかも知れないと、わたくしがふい[#「ふい」に傍点]と口をすべらせたのが、おかみさんや番頭さんの耳にはいって、飛んでもないことを云う奴だと、さんざん叱られました。それがもとで、とうとうお暇が出たのでございます」
「新次郎。おまえは今夜どうして出て来た」
「昼間のうちに小僧を使によこしましたが、それがいつまでも帰って参りませんので、なんだか不安心になりまして……」
「小僧に持たせてよこした手紙には、どんなことが書いてあるのだ」
「どう考えましても、若いおかみさんは何処《どっ》かに生きているように思われてなりませんので……」と新次郎は恐るるように小声で答えた。「どっかに隠れているならば、ぜひ一度逢わせてくれと……」
「逢ってどうする積りだ」
 新次郎は俯向いたままで黙っていると、それを妬《ねた》ましそうに睨んでいたお直は、横合いから鋭く叫んだ。
「申し上げます。新どんは若いおかみさんと一緒に駈け落ちでもする積りに相違ございません。それでわたくしを殺そうとしたのでございます」
「わたしが何んでお前を……」と、新次郎はあわてて打ち消した。
「手をおろしたのはお前でなくっても、あの浪人とぐる[#「ぐる」に傍点]になって、わたしを殺そうとした。そうだ、そうだ、それに相違ない。わたしを誤魔化して追い返そうとしても、わたしがどうしても動かないので、浪人が両手でわたしの咽喉《のど》を
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