めようとするらしく、その二、三人は庭へ出て、そこらの隅々を探し歩いた。
「なんだろう」
「どこだろう」
彼らは口々に罵り騒いでいた。内から仏前の蝋燭を持ち出して、庭さきを照らしているのもあった。しかも怪しい物の姿はみえず、怪しい声もそれぎりで止んでしまったので、彼らも根《こん》負けがして再び内へ戻ると、それを窺っていたように怪しい声はまた呼んだ。
「御新造さん……。御新造さん……」
さっきから耳を澄ましていた半七は、小声で亀吉に教えた。
「判った。あの屋根へ石を叩きつけろ」
東どなりには少しばかり空地《あきち》があって、その隣りは法衣屋《ころもや》であった。往来の人を相手にする商売でないので、宵から早く大戸をおろして、店のくぐり障子に灯の影がぼんやりと映っていた。怪しい声はその屋根から送られて来るものと、半七は鑑定したのである。
二人は探りながらに足もとの小石を拾って、隣りの屋根を目がけて投げ付けた。いわゆる闇夜の礫《つぶて》で、もちろん確かな的《まと》は見えないのであるが、当てずっぽうに投げ付ける小石がぱらぱらと飛んで、怪しい声の主《ぬし》をおびやかしたらしく、屋根の上を逃げて行くらしい足音がきこえた。ここらは板葺屋根が多いのであるが、隣りは平家《ひらや》ながら瓦葺であるために、夕方のひと時雨に瓦がぬれていたらしく、それに足をすべらせて何者かころげ落ちた。
「それ、逃がすな」
半七と亀吉は駈け寄った。
五
「まず怪談はここら迄でしょうね」と、半七老人は笑った。
「屋根から落ちた奴は何者です」と、わたしはすぐに訊《き》いた。
「それは近所の質屋のせがれで辰次郎という奴です。年は十九ですが、一人前には通用しない薄馬鹿で……。こいつがどうしてズウフラなんぞを持っていたかと云うと、自分の店で質《しち》に取った品です。御承知でもありましょうが、江戸時代にはオランダ人が五年に一度ずつ参府して、将軍にお目通りを許される事になっていました。大抵二月の二十五日ごろに江戸に着いて、三月上旬に登城するのが習いで、オランダ人は日本橋|石町《こくちょう》三丁目の長崎屋源右衛門方に宿を取ることに決まっていました。その時には将軍家に種々の献上物をするのは勿論ですが、係りの諸役人にもそれぞれに土産物をくれます。かのズウフラも通辞役《つうじやく》の人にくれたのを、その人が何
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