んですが、宗兵衛の申し立てに因《よ》って判断すると、その蝋燭は何処かの大名から江戸の役人たちへ贈る品で、その当時は『権門』なぞと云いましたが、つまりは一種の賄賂です。表向きは金をやるわけにも行かないので、菓子折の底へ小判を入れたり、金銀の置物をこしらえたり、いろいろの工夫《くふう》をするのが習いでしたから、この蝋燭も一つの新工夫で、おそらく九州辺の大名が国産の蝋燭を進上するなぞと云って、金の伸べ棒入りの蝋燭を持ち込む積りであったのだろうと思われます。そこで、その進物《しんもつ》を国許から江戸へ送って来るには、もちろん相当の侍も付いているに相違ありませんが、その供の者、すなわち中間どもの中に良くない奴があって、事情を知って一と箱ぐらいを盗み出し、それを抱えて途中から逐電《ちくてん》したらしい。ほかに同類があったかどうだか知りませんが、その男は江戸へむかって逃げるのは危険だと思って、上方へむかって引っ返す途中、金谷の宿《しゅく》で急病が起った為に、とうとう宗兵衛の手にかかって、日坂峠の秋の露、消えて果敢《はか》なくなりにけりという事になったんでしょう。今更ではないが、悪いことは出来ません。
前へ 次へ
全46ページ中44ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング