降っている。一方には橋の修繕工事用の足場が高く組まれている。それに列んで仮橋が架けられている、木材や石のたぐいを積み込んだ幾艘かの舟も繋がれている。その混雑のなかで、橋の上から提灯を振り照らしたぐらいの事ではどうなるものでも無い。結局はなんの発見も無しに終った。
 橋番は多年の経験で、その水音が何であるかを知っていた。それは重い物を投げ込んだのではなく、人間が飛び込んだか、或いは投げ込まれたに相違ないと云った。但し暗夜のことであるから、不完全の仮橋から何か粗相で墜落したのかも知れない。いずれにしても、男か女か、その人間のゆくえは判らなかった。
 それから六日目の朝である。神田三河町の半七の家の裏口から、子分の幸次郎が眼をひからせながらはいって来た。
「お早うございます。早速ですが、親分、両国の一件を聴きましたかえ」
「両国の一件……。四、五日前の晩に誰か落ちたというじゃあねえか。あの長げえ仮橋のまん中に、提灯一つぶら下げて置くだけじゃあ不用心だ」と、半七は顔をしかめた。「そこで、その死骸でも揚がったのか」
「まあ、揚がったようなわけで……。実はきのうの午《ひる》すぎに、何かの仕事の都合
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