きい百日紅《さるすべり》の下にある石の井筒には、一面に湿《しめ》っぽい苔がむしていた。今度の騒ぎで荒らされたと見えて、そこらの草はさんざんに踏み散らされていた。
 半七も松吉も井戸をのぞいた。日をさえぎる百日紅の影に掩われて、暗い古井戸の底は更に薄暗かった。井戸はなかなか大きいので、四人の死骸を沈めるのに仔細はないと思われた。友吉に案内させて、半七らは更に墓場を見まわると、そこらの大樹の下に二、三カ所、新らしく掘り返したような跡が見いだされた。半七は身をかがめて窺うと、本堂の縁の下にも同じような跡が見えた。
「むやみに掘りゃあがったな」
「そうですね」と、松吉も仔細らしく首をかしげていた。
 三人はそれから本堂にのぼると、狭いながらも正面には型のごとくに須弥壇《しゅみだん》が設けられて、ひと通りの仏具は整っていた。しかもそこらは埃《ほこり》だらけで、大きい鼠が人の足音におどろいて逃げ去った。
「仏さま、御免ください。少々お邪魔をいたします」
 こう云って、半七は仏前の香炉、花瓶、そのほかの仏具を一々|検《あらた》めたが、やがて小声で松吉に云った。
「おい。見ろ。埃だらけの仏具に新らしい
前へ 次へ
全45ページ中17ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング