されなかった。
「これから現場へ踏み込んでみたいのですが、誰か案内して貰えますまいか」
 名主の家では承知して、作男《さくおとこ》の友吉という若い男を貸してくれた。ここから竜濤寺までは少し距《はな》れているので、その途中でも半七はいろいろのことを案内者に訊《き》いた。
「一番はじめに死骸を見付けたというお鎌婆さんは、どんな人間だね。正直かえ」
「正直者という程でもねえかも知れねえが、これまで別に悪い噂も聞かねえようですよ」と、友吉は答えた。
「若いときには品川辺に住んでいたそうですが、十五六年も前からここへ引っ込んで来て、小さい荒物屋をやっています。三年前に亭主が死んだ時、自分の寺は遠くて困るというので、あの竜濤寺に埋めて貰って、墓まいりに始終行っていたのですよ」
「婆さんは幾つだね」
「五十七八か、まあ六十ぐらいだろうね。子供はねえので、亭主に別れてからは、孀婦《やもめ》で暮らしていたのです」
「家《うち》はどこだね」
「徳住寺……。神明様のあるお寺だが……。その寺のすぐそばですよ」
「その婆さんは本当に子供はねえのかね」と、半七は念を押した。
「よそにいるかも知れねえが、家にはいね
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