された。まったく悪い狐です。その狐に執拗《しつこ》く絡み付いて来るので、おまんも内心持て余しているところへ、丁度に石田と水野の虚無僧が来あわせて、元八は忽ちずでんどうという始末。それから、おまんと虚無僧の三人連れは、元八にあとを尾《つ》けられたとも知らず竜濤寺へ帰って、全達、全真と五人一座でいよいよ月見の酒宴をはじめると、どの人にも酔いが廻って、喧嘩を仕掛ける筈の石田が先ず倒れる、つづいて全達が倒れる、次に全真が倒れる、最後に水野が倒れる、小栗判官の芝居じゃあないが、将棋倒しにばたばたという事になってしまったんです。
 これにはおまんも驚いた。というのは、例の睡り薬の一件で……。おまんは喧嘩の先手を打って、全達と石田と水野の三人に睡り薬を飲ませる積りで、その計略は成就したんですが、どうした間違いか全真にも飲ませてしまって、これも将棋倒しのお仲間入りをしたので、おまんもはっ[#「はっ」に傍点]と思ったが今更どうにもならない。そこへお鎌も様子をうかがいに来たので、二人は相談の上で四人の死骸を順々に抱え出して古井戸へ沈めることにした。しかし、いつまでも其の儘にしても置かれないので、それから四日目にお鎌が偶然見付け出したような振りをして、俄かに騒ぎ始めたというわけです」
「木魚のポストは誰も明けなかったんですね」
「誰も明けなかったと見えます、御用心がなんの役にも立たないで、こんな騒ぎになってしまったので、おまんもお鎌ももう忘れていたんでしょう。私が乗り込んだ五日目まで、結び文はちゃんと残っていました」
 これで事件の真相は明白になったが、まだ判らないのは二人の女が其の後も古寺へ出入りして、かの元八をも同じ井戸に葬ったことである。それに就いて、半七老人は更に説明を付け加えた。
「睡り薬の手違いで、こんなことになった以上、おまんもお鎌も思い切りよく別れてしまえばよかったんですが、二人にはまだ未練がある。四人がこれまでに盗んだ金や、右から左に処分することの出来ないような金目の品々が、寺の何処にか隠してあるに相違ないというので、二人は人目に付かないように忍び込んで、墓場や床下を掘ってみたり、須弥壇《しゅみだん》を掻き廻してみたり、心あたりの場所を一々探していたが、それがどうも見付からない。そこへ私たちが乗り込んで来たので、眼の捷《はや》いお鎌はすぐに自分の店をぬけ出して、事の成り
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