て声をかけた。
「親分……」
なにかの発見をしたらしい眼色を覚って、半七は友吉を見かえった。
「おめえはちょっとの間、玄関の方へでも行って待っていてくれねえか。邪魔にするわけでもねえが、御用で調べ物をする時に、他人《ひと》が傍にいちゃあ困ることがある」
友吉はおとなしく立ち去った。それを見送って、二人はもとの本堂へ引っ返すと、松吉はかの木魚を指さした。
「親分はさすがに眼が利いているね」
「眼が利いているのじゃあねえ、耳が利いているのだ。あの木魚の音がどうも唯でねえと思った。それで、どうした」
「この通り……」と、松吉は笑いながら木魚に手をかけてもたげると、木魚には底蓋《そこぶた》があった。
「なるほど。考えやがったな」と、半七も笑った。
木魚の内が空になっているのは普通であるが、これは別に底蓋を作って、その上に被《かぶ》せるように仕掛けてあった。ただ見れば有り触れた木魚であるが、その口から何物かを※[#「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2−13−28]《さ》し込めば、底蓋の上に落ちて自由に取り出すことが出来るようになっている。現に小さい結び文《ぶみ》が落ちていた。
半七はその結び文をあけて見ると、女文字で「十五や御ようじん」と書いてあった。十五夜御用心――それは十五夜に於ける異変を予告するようにも見られた。
「なんの為にこんな仕掛けをして置いたのかな」と、松吉は木魚をながめた。「密書を投げ込む為かね」
「まあ、そうだろう。今も寝道具を調べたら、白粉や油の匂いがする。ここには女文字の文《ふみ》がある。なにしろ、この一件には女の詮議が肝腎だ。案内の男に云いつけて、まず荒物屋のお鎌という女を呼んでみよう。いや、あの男がぼんやりしていて、相手を逃がしてしまうと詰まらねえ。おめえも一緒に行って、女をここへ連れて来てくれ。おい、それからな……」と、半七は何事かをささやいた。
「あい、ようがす。だが、お前さん一人ぼっちでこんな所にいて……。なにが出て来るか判りませんぜ」
「はは、大丈夫だ。いくら古寺でも、まっ昼間から化け猫が出ても来ねえだろう。出てくるのは鼠か藪っ蚊か。まあ、そんなものだろうよ」
「ちげえねえ。じゃあ、行って来ます」
松吉は縁さきから庭に降りて、表の玄関口へまわったかと思うと、やがて聞き慣れない男の声がきこえるので、半七は暫く耳を澄まし
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