っ端から井戸へ抛《ほう》り込まれてしまうというのは、ちっと受け取りかねる話じゃあねえか」
「その虚無僧は、前から寺に泊まっていたんですかえ」
「今までは住職と納所《なっしょ》ばかりだ。そこへ何処からか虚無僧二人が舞い込んで来て、一緒に死んでいたんだから、何がどうしたのか判らねえ」
「ふうむ」と半七は、猪口をおいて考えていた。松吉も眼をひからせながら、黙って聴いていた。
「それに就いて少し話がある」
 云いかけて甚右衛門は眼で知らせると、酌に出ていた女中はこころえて、早々に座を起って行った。その足音が梯子段の下に消えるのを聞きすまして、彼はひと膝ゆすり出た。
「死骸の見付けられたのはきのうの朝のことだが、虚無僧はその四日前の十五夜の晩から泊まり込んでいたらしい。それを知っている者は、ここらにたった一人あるんだが、うっかりした事をしゃべって飛んだ係り合いになっちゃいけねえと思って、黙って口を拭《ぬぐ》っているのだ。そいつの話によると、ほかに一人の若けえ女が付いていたそうだ」
「若けえ女……」と、半七と松吉は思わず顔をみあわせた。
「むむ、若けえ女だ」と、甚右衛門はほほえんだ。「ところが、その若けえ女だけは死んでいねえ。おもしれえじゃねえか」
 なるほど面白いと半七も思った。その女の身許を突き留めれば、もつれた糸はだんだんに解けるに相違ない。それを知っているたった一人の男というのは、この村の元八であると甚右衛門は話した。
「元八というのは、ここの家《うち》へも始終遊びに来る奴で、ゆうべも私のところへ来て、実は十五夜の晩にこうこういうことがあったと、内証で話して聞かせたのだ」

     三

 気の毒なほどの馳走になって、女中たちに幾らかの祝儀をやって、半七と松吉が緑屋を出たのは昼の八ツ(午後二時)を少し過ぎた頃であった。
「緑屋の爺さんのお扱いがいいので、思いのほかに油を売ってしまった。これから本気になって稼がなけりゃあならねえ」と、半七はあるきながら云った。
「真っ直ぐにその竜濤寺というのへ行ってみますかえ」と、松吉は訊《き》いた。
「いや、まあ、名主のところへ顔を出して置こう。それでねえと、なにかの時に都合の悪いことがある」
 二人は名主の家をたずねて、寺社方の御用で来たことを一応とどけて置いた。ここでも事件のひと通りを聞かされたが、別にこれぞという手がかりも見いだ
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