も云えない破目《はめ》になって、よんどころなしに表へ出たが、もとより越前屋へ行くわけには行かない。そこでその後の様子を窺うために、川春の店さきへ忍んで行って戸の隙間から覗いていた。勿論、死人に口無しで確かなことは判りませんが、前後の事情から推して行くと、そう判断するよりほかはないんです。
 富蔵は一旦気絶したが、川春の店の者が見つけて内へ連れ込んで、水や薬を飲ませると、すぐに息をふき返して、何事もなく済んでしまったのです。そうと知ったら藤吉も安心したんでしょうが、間違いの起るときは仕方がないもので、一生懸命に内の様子をうかがっていると、そこへまた丁度に帰って来たのが亭主の宇三郎です。近所の二階に花合わせや小博奕の寄り合いがあって、いい旦那衆も集まって来る。これを内会《ないかい》と云います。宇三郎もその内会に顔を出して、夜なかに家へ帰ってくると、表には変な奴が覗いている。提灯の灯《ひ》で透かしてみるとかの藤吉なので、この野郎、今度はおれを殺しにでも来たのかと、襟首をつかんで内へ引き摺り込む。藤吉はうろたえて逃げ出そうとする。宇三郎は追いまわす。御承知の通り、仕出し屋のことですから店には洗
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