はいってみると実にびっくりするような立派な家に住んでいるという訳で、旦那の高山は三日にあげずに通って来る。ときどきには同役や御用達《ごようたし》町人なども連れて来る。そこで、かの事件のあった晩にも、高山は五人の同役をつれて来て、宵からお糸の家の奥座敷で飲んでいるうちに、いろいろの食道楽の話が出て、おれは江戸川のむらさき鯉を一度食ってみたいと云い出した者がある。いやなに、普通の真《ま》鯉でも紫鯉でも別段に変りはあるまいという者もある。それが昂じて高山も、物はためしだ、おれも一度は是非その鯉を食いたいと云うと、酌をしていたお糸はなんと思ったか、旦那がそれほどに喫《た》べたいと仰しゃるなら、わたくしがすぐに取ってまいりますと云う。これにはみんなも驚いて、さすがは高山の奥方だ。ほんとうにその鯉を取って来て下さるなら、我々もその御相伴《おしょうばん》にあずかりたいものだと冗談半分にがやがや云うと、お糸はどうぞ暫くお待ちくださいと云って座を起った。こっちは酔っているので別段気にも留めないで飲んでいると、お糸はいつまでも座敷へ戻って来ない。どうしたのだと女中に訊《き》くと、さっき表へ出たぎりで帰らな
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