七は勝次郎に声をかけた。「よくすぐに来てくれたな」
「親分さんの御用だということですから」と、勝次郎はおとなしく答えた。
よく見ると、かれの顔はどことなく窶《やつ》れて、眼のうちも陰っていた。
「そこで早速だが、お前は柳原の清水山へ何しに行くんだ」
「いいえ、行ったことはございません。山卯の喜平どんに誘われましたが、どうも気が進まないのでことわりました」
「気が進まないなら、なぜ初めに自分の方から行こうと云い出したんだ。いやなものなら黙っていたらよさそうなもんだ。一旦行こうとしながら、中途で寝返りを打つばかりか、山卯の小僧に百の銭をくれて、仕事場の丸太をなぜ倒さした。そのわけが訊《き》きてえ。正直に云ってくれ」
「へえ」
それに対して何か云い訳をかんがえているらしい勝次郎の頭の上へ、半七はつづけて浴びせかけた。
「一体おめえは妙な知りびとを持っているな。あの三十五六の色の黒い、骨太の男はなんだ」
勝次郎は黙ってうつむいていた。
「それから三十二三の小作りの男……あんな奴らとなぜ附き合っているんだ」
勝次郎は真っ蒼になってふるえ出した。
「もう何事もお上《かみ》の耳にはいっている
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