は嘘であるが、不意に大きい手があらわれて喜平と銀蔵をなぐり倒したのは事実である。喜平と茂八が得体《えたい》の知れない獣に追われたのも事実であると、幸次郎は詳しくその事情を報告した。山卯の仕事場に大きい丸太が突然倒れて来て大勢をおびやかしたことや、大工の勝次郎がそれに恐れをなして変心した事も話した。半七はだまって聞いていた。
「親分。これからどうしましょう」と、幸次郎は相談するように訊《き》いた。
「そうさなあ」と、半七はかんがえていた。
「やっぱり張り込みましょうか」
「むむ。知恵のねえやり方だが、そうするかな」
 幸次郎の耳に口をよせて何か云い聞かせると、かれはうなずいて怱々《そうそう》に別れて行った。半七はその足で山卯の店へ行って、番頭にことわって喜平を表へ呼び出した。
 たった今幸次郎に調べられて、又もやその親分の半七が来たというので、喜平は少しおちつかないような顔をして出て来たのを、半七は眼で招いて、店の横手に立てかけてある材木のかげへ連れ込んだ。
「今しがた家《うち》の若い者が来て、ひと通りお前さんを調べて行ったそうだから、同じ口を幾度も利かせねえ。そこで、わたしの訊きたいの
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