山ではないが、前にも云ったような事情で久しく鎌を入れたことがないので、ここには灌木や秋草が一面に生い茂って、闇の底から白い薄《すすき》の穂が浮き出したように揺らめいているのも、場所が場所だけになんとなく薄気味悪くも思われた。二人は着物の裾をからげて、用意の武器をとり出して、息を殺してその薄のなかを掻きわけて行くと、その響きにおどろかされたのか、忽ちがさがさという音がして、一匹の獣《けもの》のようなものが草の奥から飛び出して来たので、喜平も茂八もぎょっ[#「ぎょっ」に傍点]として立ちすくんだ。
三
「おい、何か出たぜ」
ふたりは小声でたがいに注意した。
なにぶんにも草が深いので、今だしぬけにあらわれて来た獣《けもの》の正体を、星明かりぐらいではとてもはっきりと見定めることは出来なかったが、それは何だか狐の大きいようなものであるらしかった。その動作は非常に活溌で、ふたりに向ってまっしぐらに飛びかかって来たので、喜平も茂八も狼狽した。
ふたりは手に武器を持っていたが、鑿や小刀のような小さい刃物では、足もとへ低く飛び込んで来る敵を撃ちはらうには甚だ不便であった。殊に相手の正
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