えもんだ」
ふたりは伝馬町の野島屋へ行って、主人の喜右衛門に逢ってその晩の様子を訊《き》いた。化け物の正体も詳しく聞きただした。喜右衛門は年甲斐もなく物におびえて、その化け物の正体をたしかには見とどけなかったのであるが、一つ目といっても、絵にかいてあるいわゆる一つ目小僧のように、顔のまん中に一つの目があるのではなかった。単に左の目が一つ光って見えたらしかった。
二つの目を満足にもっている者が、なにかで片目を塞いでいたのであろうと半七は想像した。口が裂けているように見えたのも、何かの絵の具で塗りこしらえたに相違ない。牙なども何かで作ったものであろう。こう煎じつめてくると、一つ目小僧の正体も大抵わかった。所詮は喜右衛門の臆病から、こんな拵《こしら》えものにおびやかされたのである。しかし臆病が却《かえ》ってかれの仕合わせであったかも知れない。彼がもし気丈の人間で、なまじいにその化け物を取り押えようなどとしたら、奥にかくれている同類があらわれて来て、彼のからだにどんな危害を加えたかも知れない。一つ目小僧におどされて、十五両の鶉をまきあげられた方が、かれに取ってはむしろ小難であったらしく思われた。
「御苦労だが、その屋敷まで案内してくれ」
半七は喜右衛門を案内者として、すぐに新屋敷まで出向いた。なるほど古い屋敷ではあるが、夜目に門がまえを見ただけでは、それが無住の家であるかどうかを覚《さと》られそうにもなかった。門内も玄関先のあたりだけは、草が刈ってあった。あき屋敷と覚られまいために、おそらくその前夜か昼のあいだに草刈りをして置いたのであろう。半七は彼等のなかなか注意ぶかいことを知った。
「どうします。踏み込みますか」と、松吉はきいた。
「ともかくも一応はあらためなければいけねえ」
かれらがもう巣を変えてしまったことは判っているが、それでも何かの手がかりを発見しないとも限らないので、半七は先に立って内玄関からはいり込むと、松吉と喜右衛門もあとから続いた。喜右衛門が通されたという八畳の座敷へはいって、縁側の大きい雨戸をあけ放すと、秋の日のひかりが一面に流れ込んで来た。
「なるほど、内はずいぶん荒れているな」と、半七はそこらを見まわしながら云った。
「わたくしもひどい荒れ屋敷だと思っていましたが、まさかに空屋敷とは……」と、喜右衛門も今更のように溜息をついていた。
壁の
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