いよいよ持ち出すことになったが、自分ひとりでは工合がわるい。さりとてロイドを連れてゆくことが出来ないので、かれは江戸へ行って友達の寅吉をよんで来た。寅吉は深川に住んで、おもて向きは鋳掛《いか》け錠前《じょうまえ》直しと市中を呼びあるいているが、博奕《ばくち》も打つ、空巣《あきす》狙いもやる。こういう仕事には適当の道連れと見たので、勝蔵はひそかにその相談を持ちかけると、それは面白かろうと寅吉もすぐに同意した。かれらは覆面の偽浪士となって、去年の夏頃から横浜市中で二十余軒をあらしあるいた。その金高は千五百両を越えているのを、ロイドと三人で分配していた。トムソンの商館では勿論そんな秘密は知らなかったが、勝蔵の品行がよくないのと、彼がロイドの遊び仲間であることをさとったので、二月の末にとうとう彼を放逐することになった。
トムソンを放逐されたことはさのみ驚きはしなかったが、自分たちの仕事が度重なって、奉行所の詮議がだんだん厳重になって来たのを勝蔵は恐れた。商館を放逐されたのも或いは奉行所から何かの注意があったのではないかと危ぶまれた。かれは寅吉と相談して、四月のはじめにひと先ず横浜を立ち退くことにしたが、その時ロイドには無断で商売道具の蝋人形を持って行ってしまったのである。江戸ではまだこの新手《あらて》を知るまいと思ったので、かれらはその首をかかえ出して神田や深川で例の軍用金を徴収した。そうして、ひと晩のうちに首尾よく二百五十両を稼いだので、二人はすぐに吉原へ繰り込んだが、そこの遊びがどうも面白くなかった。やっぱり神奈川がいいと勝蔵が云い出すと、寅吉も同感であった。神奈川の遊びの味をわすれられない彼等は、からだのあやういのを知りながら又もや港崎町へ引っ返してくると、岩亀楼でロイドに出逢った。
ロイドはかれらの顔をみると、すぐに蝋人形をかえしてくれと迫った。ここには持っていないと云っても、ロイドは承知しなかった。人出入りの多いところでそんなことを云い合っていて、万一他人の耳にはいったらお互いの身の破減であるから、ともかくも表へ出てくれと勝蔵が云うと、ロイドは一と足先に出て往来に待っていた。勝蔵と寅吉もつづいて出た。三人は一緒に大門を出て暗い路をたどりながら話した。勝蔵はもう少し人形をこちらへ貸して置いてくれ、そうすれば、二、三百両の金をつけて戻すと云ったが、ロイドはそれを信用しなかった。無断で人のものを持ち出してゆくようなお前たちがその約束を実行する筈がないと彼は云った。しかしロイドの方にも同類の弱味があるので、勝蔵は多寡をくくって取り合わなかった。三人のあいだに遂に同士討ちの格闘が起った。かれらは自分たちのうしろに黒い影の付きまとっているのを知らなかった。
半七の縄にかかって、勝蔵と寅吉は白状した。かれらも最初は強情を張っていたのであるが、舶来の人形の首――この一句に肝《きも》をひしがれて、もろくも一切の秘密を吐き出してしまったのであった。
それについて、半七老人はわたしにこう語った。
「まえにも申す通り、異人の首がむやみに手に入るわけのものじゃあるまい。もしほんとうに首を取ったとすれば一大事で、とうに奉行所の耳にもはいっている筈です。だが、偽首となると髪の毛がわからない。その紅い毛は日本人の毛じゃあない。といって、獣《けもの》の毛でもない。もちろん唐蜀黍《とうもろこし》でもないと云う。そこでわたくしは舶来の人形ではないかとふと考えたんです。その前の年に横浜に行って、実によく出来ている舶来の人形を見せられたことがありますから、この種はどうも横浜から出ているらしいと思って、乗り出してみると案の通りでした。勝蔵と寅吉はなかなか強情を張っていましたが、わたくしが唯一言『貴様たちが商売道具につかっている舶来の人形はどこから持ち出した。あのロイドから借りて来たか』と、云いますと、奴らは蒼くなってふるえ出して、みんなべらべらとしゃべってしまいましたよ。ふたりは死罪になりました。ロイドは外国人ですから、うっかり手をつけるわけにも行かなかったんですが、同類ふたりが挙げられたのを聞いて、ピストルで自殺したそうです。人形の首は深川の寅吉の家の床下に隠してあったのを探し出して、丸井と近江屋の番頭をよび出して見せますと、まったくそれに相違ないと申し立てました。その首は参考のために保存して置こうという意見もあったんですが、とうとう叩き毀してしまったということです」
底本:「時代推理小説 半七捕物帳(三)」光文社文庫、光文社
1986(昭和61)年5月20日初版1刷発行
1997(平成9)年5月15日11刷発行
入力:網迫
校正:藤田禎宏
2000年9月5日公開
2004年3月1日修正
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