ろに大勢ごたごたしているのと、他の人達はみな自分たちが係り合いの踊り子にばかり気を配《くば》っていたのとで、おていがいつの間にどうしたのか誰も知っている者はなかった。姉と二人の女中とが当然その責任者であるので、かれらは徳兵衛から噛み付くように叱られた。叱られた三人は泣き顔になって其処らをあさり歩いたが、おていは何処からも出て来なかった。
「どうしたんだろう」と、徳兵衛も思案に能《あた》わないように溜息をついた。
「ほんとうにどうしたんでしょうねえ」と、光奴も泣きそうになった。
もうこうなっては、叱るよりも怒るよりも唯その不思議におどろかされて、徳兵衛もぼんやりしてしまった。いかに九つの子供でも、すでに顔をこしらえて、衣裳を着けてしまってから、表へふらふら出てゆく筈もあるまい。帳場にいる人達も繻子奴が表へ出るのを見れば、無論に遮り止める筈である。外へも出ず、内にもいないとすれば、おていは消えてなくなったのである。
「神隠しかな」と、徳兵衛は溜息まじりにつぶやいた。
この時代の人たちは神隠しということを信じていた。実際そんなことでも考えなければ、この不思議を解釈する術《すべ》がなかった
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