神隠しや人攫いはもう問題ではなくなった。これから舞台へ出ようとする少女を絞め殺したのは普通の物取りなどでないことも判り切っていた。大和屋一家に怨みをふくんでいる者の復讐か、さもなければこの少女に対する一種の妬《ねた》みか。おそらく二つに一つであろうと半七は解釈した。大和屋は質屋という商売であるだけに、ひとから怨みを受けそうな心あたりはたくさんあるかも知れない。親たちが金にあかして立派な衣裳をきせて、娘をお浚いに出したについて、ほかの子供の親兄弟から妬みをうけて、罪もない少女が禍いをうけたのかも知れない。どっちにも相当の理窟が付くので、半七も少し迷った。
 なんと云ってもたった一つの手がかりは、おていの頸にまき付いている白い手拭である。半七はその手拭をほどいて丁寧に打ちかえして調べてみた。
「師匠。これはお前の配り手拭だが、きょうのお客さまは大抵持っているだろうね」
「めいめいというわけにも行きますまいが、ひと組に二、三本ずつは行き渡っているだろうかと思います」と、光奴は答えた。
「ここの家《うち》の人達にもみんな配ったかえ」
「はあ。女中さん達にもみんな配りました」
「そうか。じゃあ、師匠、すこし頼みてえことがある。まさかに俺が行って一々調べるわけにも行かねえから、お前これから二階へ行って、おまえが手拭を配った覚えのあるおかみさん達を一巡訊いて来てくれ」
「なにを訊いて来るんです」
「手拭をお持ちですかと云って……。娘や子供には用はねえ。鉄漿《かね》をつけている人だけでいいんだ。もし手拭を持っていねえと云う人があったら、すぐに俺に知らせてくれ」
 光奴はすぐに二階へ行った。

「お話が長くなりますから、ここらで一足飛びに種明かしをしてしまいましょう」と、半七老人は云った。
「師匠はそれから二階へ行って、見物を一々調べたが、どうも判らないんです。尤《もっと》も師匠だって遠慮しながら調べているんだから埒《らち》は明きません。二階をしらべ、楽屋を調べても、どうも当りが付かないもんですから、今度はわたくしが自分で田原屋の女中を調べることになったんです。田原屋には四人の女中がありまして、その女中|頭《がしら》を勤めているのはおはま[#「はま」に傍点]という女で、三十一二で、丸髷に結って鉄漿《かね》をつけていました。これはここのうちの親類で、手伝いながら去年から来ていたんです。
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