にも仇同士の魂がおのずと籠《こも》ったのであろうか。余りの不思議に気を奪われながらも、紋作は夢のように浄瑠璃を低く唄い出した。
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※[#歌記号、1−3−28]さしもに猛《たけ》き兵助が、切れども突けどもひるまぬ悪党、前後左右に斬りむすぶ、数《す》カ所の疵にながるる血潮、やいばを杖によろぼいながら、ええ口惜しや――。
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兵助の人形は文句通りに斬り立てられて、勝ち誇った敵は嵩《かさ》にかかって斬り込んできた。舞台の上の約束はともかくも、ここでは自分の人形を返り討ちにさせたくないので、紋作はわれを忘れて廊下へ駈け出して、手に持っている煙管をふり上げて仇の人形を力まかせに打ち据えると、水右衛門は額《ひたい》の真向《まっこう》をゆがませてばったり倒れた。兵助の人形も疲れたように同じく倒れてしまった。
この物音に眼をさました冠蔵は、自分のとなりに紋作の寝ていないのを怪しんで、これも蚊帳をくぐって出てみると、紋作は煙管をにぎって果《はた》し眼《まなこ》で突っ立っていた。その足もとには水右衛門の人形がころげていた。
「おい、紋作。ど
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