た。お直はしきりに泣いているのを、お力がなだめているらしかった。どちらも自分の得意場の娘であるので、お豊は見すごし兼ねて立ち寄って、もしや喧嘩でもしたのではないかと訊《き》くと、お直が師匠さんに叱られたのであると判った。それもほかのことで叱られたとあれば、お豊もいい加減になだめて別れるのであったが、お力から渡されたお紋の手紙を稽古場で取り落して、それを雷師匠に見つけられたのであると聞いて、お豊もすこし驚いた。
 甲州屋の息子と倉田屋の姉娘とのあいだには、半七が睨んだ通りの関係が結びつけられていた。親たち同士は単に口さきの軽い話ぐらいに過ぎなかったが、若いもの同士は更に深入りをして、おなじ手習い師匠にかよう双方の妹がいつも文《ふみ》づかいの役目を勤めさせられていた。女髪結のお豊は一種の慾心から時々自分の二階をお紋と藤太郎とに貸していた。こういうわけで、お豊もこの事件に係り合いがあるだけに、秘密の手紙を師匠に見つけられたと聞いて顔色をくもらせた。相手は名代《なだい》のかみなりであるから、おそらくこのままでは済ませまい。お直が怪しい手紙を隠し持っていたということを、甲州屋の親たちに一応通知す
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