ばらくお見合わせが願いたいものですが……」
「承知しました」
新らしい獲物をつかんで、半七はかみなり師匠の門《かど》を出た。師匠は嘘をつくような人物ではない。今の話がほんとうであるとすれば、お粂の判断は間違っていた。お広の想像も少しく的《まと》をはずれているらしい。半七はそれからすぐに甲州屋へゆくと、お直のゆくえはまだ知れないので、店じゅうの者がみな暗い顔をしていた。ゆうべはまんじりともしなかったというので、お広は眼を窪《くぼ》ませていた。
「若旦那はもう立ちましたかえ」と、半七は先ず訊《き》いた。
「まだでございます」と、居あわせた店の者が答えた。
「大層おそいじゃありませんか」
「六ツ半(午前七時)頃には立つ筈だったのですが、暁方《あけがた》から急に頭痛がすると云って、まだ二階に寝て居ります。たぶん寝冷えをしたのだろうというので、今朝《けさ》ほどは立つのを止めました」
「そうですか、それはあいにくでしたね。お見舞ながら二階へちょいと通ってもよござんすかえ」
「はい、ちょいとお待ちください」
店の者は二階へあがって行ったが、やがて又引っ返して来て、取り散らしてありますが、どうぞお
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