すが、それは大きな間違いです。尤《もっと》も、わたくしは弟子のしつけ方は随分きびしい方で、世間ではかみなり師匠とか云っているそうですが、いかにわたくしが雷でも、仔細もなしにむやみに弟子たちを叱ったり折檻《せっかん》したりする筈はありません」
 かみなり師匠がお直を叱ったのは、たなばたの清書が不出来な為ばかりではなかった。きのうの朝、お直はこの稽古場でその袂《たもと》から二通の手紙を取りおとした。師匠はすぐにそれを見つけて、それはなんだと詮議すると、お直はあわててそれを自分のふところに押し込んでしまって、一言の返事もしなかった。封は切らぬから上書《うわがき》だけを見せろと云ったが、彼女は決して見せなかった。誰の手紙かと訊《き》いても、彼女はやはり強情に答えなかった。
 まだ十三の小娘で、まさかに色恋の文《ふみ》ではあるまいと思うものの、彼女が強情に隠しているだけに、小左衛門は一種の疑惑と不安を感じて、どうしてもその手紙をみせなければ、今日《きょう》はいつまでも止めて置くぞと嚇《おど》しつけると、お直はわっ[#「わっ」に傍点]と声をたてて泣き出した。その声が奥まできこえて、御新造のお貞も出
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