にはもう証拠らしいものはないんだね」
「それに、倉田屋ではどうもなあ[#「なあ」に傍点]ちゃんを怨んでいるらしいんです」と、お広はさらに説明した。
「なあ[#「なあ」に傍点]ちゃんはお力ちゃんのところへ始終遊びに行くので、姉さんのお紋さんともよく識《し》っています。それで、こっちでお紋さんをもらうのを見合わせたのは、なあ[#「なあ」に傍点]ちゃんが何か親たちや兄さんにいいつけ口をしたように思っているらしいんです。一体、お紋さんという子も阿母《おっか》さんに似た見得坊で、おしゃべりのお転婆《てんば》で、近所で誰も褒める者はありゃしません。甲州屋でお嫁に貰うのを見合わせたのも、つまりはそのせいなんですが、それがやっぱり身贔屓《みびいき》で、自分の娘の悪いことは棚にあげて、ふだん遊びに行くなあ[#「なあ」に傍点]ちゃんが、家へ帰って何か讒訴《ざんそ》でもしたように思い込んでいるらしいんです。ひがみ根性の強いおかみさんのことですから、それも仕方がありませんけれども、外道《げどう》の逆恨《さかうら》みでむやみに人を怨んで、おまけに罪もないなあ[#「なあ」に傍点]ちゃんを疑って、万一そんなことを仕出来《しでか》したとすれば、どうしたって打《う》っちゃって置くことが出来ません。旦那やおかみさんが何と云おうとも、わたくしが黙っていられません。ねえ、親分さん。そうじゃございませんか」
これはお広の一料簡でなく、甲州屋の親たちも内々のうたがいを懐《いだ》いていながら、迂闊《うかつ》にそんなことを口外することは出来ないので、わざと自分のあとを追わせて、お広の一料簡のつもりで密告させたのではあるまいかと半七は思った。
「それで、そのお力という娘はどんな子だえ」
「やっぱり阿母さんや姉さんにそっくりで、なかなかお転婆の、強い子なんですよ。からだも大きくって、なあ[#「なあ」に傍点]ちゃんと同い年ですけれど二つぐらいも年上にみえます」
「そうか。それじゃあともかくもその倉田屋へ行ってみよう。もう寝たかも知れねえが、まあ其の家《うち》だけでも教えてもらおう」
お広に案内させて、半七は引っ返した。その瀬戸物屋は甲州屋の隣り町角から四軒目で、間口は三間か三間半ぐらいもあるらしく、その店がまえは悪そうもなかった。表の大戸はもう卸《おろ》してあったが、軒の下に細長い床几《しょうぎ》を置いて、ひとりの
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