間が海のなかから不意に出てくるんですから、大抵の者はおどろいてしまって、まあ、云うなり次第にしてやるというわけで、廻り廻って房州の方へ……。はじめは故郷の上総へ帰る積りだったそうです」
「おそろしい奴ですね」
「まったく恐ろしい奴ですよ。ところで、房州沖で喜兵衛の船に泳ぎついて、そこで飯を食っているうちに不図かんがえ直して、故郷へうかうか帰るのは剣呑《けんのん》だ。いっそ此の船へ乗って江戸へ送って貰おうと……。それから先は喜兵衛の白状通りですが、こいつがなかなか図太い奴で、島破りのことなぞは勿論云いません。わざと気違いだか何だか得体《えたい》のわからないような風をして、ずうずうしく江戸まで付いて来たんです。しかも蛇《じゃ》の道は蛇《へび》で、この船が唯の船でないことを万吉は早くも睨んだものですから、江戸へ着いてからも離れようとしない。離れたらすぐに路頭に迷うから、執念ぶかく食いついている方が得《とく》です。こっちにも弱味があるから、どうすることもできない。結局、品川の子分のところへ預けられて、鱈腹《たらふく》飲んで食って遊んでいる。さすがの海賊もこんな奴に逢ったのが因果です。そのうちに
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