《すみか》といえば源兵衛堀にあるというように、一般の人から冗談半分に伝えられて、中にはほんとうにそれを信じている者もあったらしい。半七は笑いながら又|訊《き》いた。
「ゆうべの奴は匕首のようなものを出したと云ったな」
「そうです。なんでも光るものを船頭の眼のさきへ突き付けたそうですよ」
「いよいよ変な奴だな。そんな奴を打っちゃって置くと、世間の為にならねえ。しまいには何を仕出来《しでか》すか知れねえ。おれもよく考えて置こう。おめえも気をつけてくれ」
幸次郎を帰したあとで、半七はいろいろに考えた。幸次郎の報告で、ゆうべの出来事も大抵は判っているものの、念のためにもう一度、その船頭の千八に逢ってくわしい話を聴いたらば、又なにかの手がかりを探り出すことがないとも限らない。半七は起《た》って窓をあけると、一旦晴れそうになった今朝の空もまた薄暗く陰《くも》って来た。
「しようがねえな」
舌打ちしながら半七は神田の家を出ると、横町の角でわかい男に逢った。男は築地の山石の船頭清次であった。
「親分さん。お早うございます」
「やあ、清公。どこへ行く」
「おまえさんの家《うち》へ……。丁度いいところ
前へ
次へ
全39ページ中20ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング