むかって我々は決して試し斬りではないと弁解した。しかし、その仔細を云うわけには行かない。屋敷の名を明かすわけにも行かない。どうかこのまま見逃がしてくれと彼はしきりに頼んだが、半七は素直に承知しなかった。一旦自分の眼にとまった以上、見す見す人殺しを見逃がすことは出来ないと云い張った。それは勿論正当の理窟であったが、もう一つには折角ここまで追いつめて来た大事の捕り物を、横合から不意に出て来て玉無しにされてしまったという業腹《ごうはら》がまじって、半七は飽くまでも意地悪くこの武士を窘《いじ》めにかかった。
窘められて、相手はいよいよ困ったらしく、結局は金ずくで内済にしたいようなことまで云い出したが、半七はどうしても肯《き》かないで、とうとう彼等二人を再び駕籠にのせて、無理無体に近所の自身番へ引き摺って行った。婆を斬った若い武士はもう覚悟を決めているらしかった。
「たといなんと申されても屋敷の名を明かすわけにはまいらぬ。たって役人に引き渡すとあれば、手前これにて切腹いたす」
こうなると、半七もなんだか可哀そうにもなって来て、いつまでも彼等を窘めていられなくなった。彼はほかの武士を表へ呼び出
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