起った。着のみ着のままの彼はそれを待っていたように表へ飛び出して、どさくさ[#「どさくさ」に傍点]まぎれの火事場泥坊を思い立ったが、あまりに風と火とが烈《はげ》しいので、彼も思うような仕事が出来なかった。いたずらに火の粉に追われながら混雑の中をうろ付いていると、どこからか荒熊が暴れ出して来たので、かれはいよいよ面喰らった。しかもその熊がふたりの侍に退治されたのを見とどけて先ず安心したところへ、かねて顔を識《し》っている車力《しゃりき》の百助というのが来合わせたので、二人はすぐに相談して、その熊の死骸を引っかついで逃げた。熊の胆《い》と熊の皮とは高い値であるということを、彼等はふだんから聞いていたからであった。
二人はともかくも其の熊を六三郎の家へかつぎ込んだが、素人《しろうと》の彼等はそれをどう処分していいかを知らなかった。二日ばかりは縁の下に隠して置いて、百助はそれを自分の知っている皮屋に売り込もうとしたが、相手は足もとを見て無法に廉《やす》く値切り倒したので、ふたりは怒って破談にしてしまった。さりとて生物《なまもの》をいつまでも打っちゃって置くわけにも行かないので、今度は品川から伝吉という男を呼んで来て、儲けは三人が三つ割にする約束で、夜ふけに熊の死骸を高輪の裏山へ運び出した。生皮をあつかうのはむずかしい仕事であるが、伝吉は少しくその心得があるので、焚き火の前でどうにかこうにかその腹を割《さ》いて其の皮を剥《は》いだ。しかし肝腎《かんじん》の熊の胆《い》がどれであるか判らないので、三人は当惑した。腹を截《た》ち割ったら知れるだろうぐらいに多寡をくくっていた彼等は、今更のように途方にくれた。
そこで三人は相談を仕直して、更にもう一人の味方をこしらえることにした。それは彼《か》の備前屋の番頭の四郎兵衛で、かれは大きい薬種屋の番頭であるから熊の胆の鑑別が付くに相違ない。彼をこっちの味方に誘い込んで、かれの口からその主人にうまく売り込んで貰おうということになって、三人は穴を掘って一と先ず熊の死骸を埋めた。剥いだ生皮は自分の方で鞣《なめ》してやると云って、伝吉が持って帰った。二度目の相談はそれと決まったものの、馴染《なじみ》のうすい四郎兵衛を呼び出して、だしぬけにこんな相談を持ちかける訳にも行かないので、六三郎は車湯の勘蔵にその橋渡しを頼もうと思いついた。
勘蔵は四
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