。で、もう大抵お調べも届きましたか」
「いや、ちっとも見当が付かない。死骸はここにある。よく見てくれ」
「ごめんください」
半七はすすみ寄って、そこに横たえてある男の死骸をのぞいた。男は手織り縞の綿衣《わたいれ》をきて、鉄色木綿の石持《こくもち》の羽織をかさねていた。履物はどうしてしまったのか、彼は跣足《はだし》であった。半七は丁寧に死骸をあらためたが、やはり何処にも致命傷らしいあとを発見することが出来なかった。
「どうも判りませんね」と、彼も眉をよせた。「まあ、ともかくも其の現場を見とどけてまいりましょう」
役人たちに会釈《えしゃく》して、半七は雪達磨の融けたあとを尋《たず》ねて行った。そこらには雪どけの泥水と、さんざんに踏みあらした下駄の痕とが残っているばかりで、近所の子供や往来の人達がそれを遠巻きにして何かひそひそとささやき合っていた。その雑沓《ざっとう》をかき分けて、半七は足駄《あしだ》を吸いこまれるような泥水のなかへ踏み込んだ。そうして、油断なくその眼を働かせているうちに、彼はまだ幾らか消え残っている雪と泥との間から何物をか発見したらしく、身をかがめてじっと眺めていた。
彼はそれから少時《しばらく》そこらを猟《あさ》っていたが、ほかにはなんにも新らしい発見もなかったらしく、泥によごれた手先をふところの手拭で拭きながら、もとの自身番へ引っ返してゆくと、与力はもう引き揚げて、当番の同心三浦だけが残っていた。
「どうだ、半七。なにか掘り出したか。しっかり頼むぜ。質《たち》の悪い旗本か御家人どもの仕業《しわざ》じゃあねえかな」
「そうですね」と、半七もかんがえていた。「まあ、どうにかなるかも知れません、どうぞ明日《あした》までお待ちください」
「あしたまで……」と、真五郎は笑った。「そう安受け合いが出来るかな」
「まあ、せいぜい働いてみましょう」
「では、くれぐれも頼むぞ」
云い渡して真五郎は帰った。そのあとで、半七は再び死骸の袂《たもと》を丁寧にあらためた。
二
半七はそれから日本橋の馬喰町《ばくろちょう》へ行った。死骸の服装《みなり》からかんがえて、まず馬喰町の宿屋を一応調べてみるのが正当の順序であった。その隣り町《ちょう》に菊一という小間物屋があって、麹町の大通りの菊一と共に、下町《したまち》では有名な老舗《しにせ》として知られていた
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