地や羽織を持って帰ったときに、博奕に勝ったと云って、わたくしに十両くれました。けれども、その後に又そっくり取られてしまったからと云って、その十両をみんな持ち出してしまいました。だんだんに押し詰まっては来ますし、家には炭団《たどん》を買うお銭《あし》もなくなっていますし、お父っさんの方へもたびたび無心にも行かれませんし、よんどころなしにその羽織を質に入れたり、掛地を道具屋の小父さんに買って貰ったりして、どうにかこうにか繋いで居りますと、長作はけさ早くに何処からかぼんやり帰って来まして、一文無しで困るから幾らか貸してくれと云います。貸すどころか、こっちが借りたいくらいで、あの羽織も質に置き、掛地も売ってしまったと申しますと、長作は急に顔の色を悪くしまして、黙ってそれぎり出て行ってしまいました。出るときにたった一言《ひとこと》、誰が来て訊いても掛地や羽織のことはなんにも云うなと申して行きました」
「そうか。よし、それでみんな判った。いや、まだ判らねえところもあるが、そこはまあ大目《おおめ》に見て置く」と、半七は云った。「それにしても、長作の居どこの知れるまではお前をこのままにして置くわけには行かねえ。ともかくも町内預けにして置くからそう思ってくれ」
 半七はすぐ家主を呼んで来てお豊を引き渡した。それから更に峰蔵を自身番へ呼び出して調べると、正直な彼は恐れ入って素直に申し立てた。
「実はあの晩、長作を迎いに行きまして、ちょうど行き違いになって松円寺のそばを通りますと、化け銀杏の下に一人の男が倒れていました。介抱して主人の家へ送りとどけてやりましたが、その男は河内屋の番頭で、胴巻に入れた金と大切の掛地と双子《ふたこ》の羽織とを奪《と》られましたそうでございます。その時はなんにも気がつきませんでしたが、あとで聞きますと長作はその晩に掛地と泥だらけの双子の羽織とを持ち帰りましたそうで、それを聞いたわたくしは慄然《ぞっ》としました。しかし、今更どうすることも出来ませんので、娘にもそのわけをそっと云い聞かせまして、係り合いにならないうちに早く長作と縁を切ってしまえと意見をしましたが、娘はまだ長作に未練があるとみえまして、どうも素直に承知いたしません。困ったものだと思って居りますうちに、娘もいよいよ手許《てもと》が詰まったのでございましょう。その羽織を質に入れたり、掛地を道具屋に売った
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