」
「どうも素直に行きそうもねえ。面倒でも畳のほこりを立てろ」と、半七は云った。
その声の終らないうちに、式部は腰にさしている一刀をそこへ投げ出して起ったかと思うと、奥の襖を蹴放すようにして逃げ込んだので、半七はすぐに追って行った。こういう徒《やから》の習い、得物《えもの》をわざと投げ出したのは、こっちに油断させる為であろうと、半七は用心しながら追ってゆくと、式部は奥の八畳の間へ逃げ込んで、そこに据えてある唐櫃《からびつ》の蓋をあけようとするところを、半七はうしろからその腕を取った。取られた腕を振り払って、式部はふところに忍ばせてある匕首《あいくち》をぬいた。用心深い半七は彼が必死の切っ先に空《くう》を突かせて、刃物を十手でたたき落した。
式部が唐櫃のまえで引っ縛《くく》られたときに、行者も善八の縄にかかっていた。小娘の藤江は勿論なんの抵抗もなしに引っ立てられた。裏口から廻った多吉は二人の女中に案内させて、戸棚から床下まで穿鑿《せんさく》したが、ほかには誰もひそんでいるらしい形跡もなかった。
その日の夕方に、久次郎の死骸が品川沖に漂っているのを漁師船が発見した。
女の行者は公
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