るような骨一つすらも見いだされなかった。檀家の主《おも》なるものも調べられた。その当夜、自宅の仏事に時光寺の住職を招いたという根岸の伊賀屋嘉右衛門も吟味をうけたが、伊賀屋でも当夜の住職の挙動について別に怪しい点を認めなかったと答えた。
寺社奉行の方でもこの上に詮議のしようもなかった。時光寺の住職はゆくえ不明になって、いつの間にか狐がその姿になりかわっていたというほかには、なんとも判断のくだしようもないので、その詮議はひと先ずこれで打ち切ることになった。
二
九月の末には陰《くも》った日がつづいた。神田の半七は近所の葬式《とむらい》を見送って、谷中《やなか》の或る寺まで行った。ゆう七ツ(午後四時)過ぎに寺を出て、ほかの会葬者よりも一と足さきにぶらぶら帰ってくると、秋の空はいよいよ暗くなった。寺の多い谷中のさびしい道には、木の葉が雨のように降っていた。まだ暮れ切らないのに、どこかの森のなかで狐の声がきこえた。半七はこのごろ世間の噂になっている時光寺の一件をふと思い出した。かれは町奉行付きで、寺社奉行の方には直接の係り合いはないのであるが、それでも自分の役目として、今度の奇怪な出来事に相当の注意を払っていた。
「無総寺というのはこの辺かしら」
そう思いながら歩いてくると、ある寺の土塀に沿うた大きい溝のふちに、ひとりの少年が腹這いになっているのを見た。少年は十三四歳の小坊主で、土のうえに俯伏《うつぶ》しながら何か溝のなかの物を拾おうとしているらしかった。半七はそのまま通り過ぎようとして、なに心なくその寺の門を見あげると、門の額《がく》に無総寺と記《しる》してあったので、かれは俄かに立ちどまった。時光寺の住職に化けていた狐の死骸は、ここの大溝から発見されたというのである。その溝のふちに小坊主が腹這いになって何か探しているらしいのを、半七は見すごすことが出来なかった。かれは立ち寄って声をかけた。
「お小僧さん。なにか落したのかえ」
それが耳にもはいらないらしく、小坊主は熱心になにか拾おうとしていた。しかしまだ十三四の子供の手では溝の底までとどかないので、かれは思い切って下駄をぬいで、石垣を伝《つた》って降りようとするらしかった。半七は再び声をかけた。
「もし、もし、お小僧さん。なにを取ろうとするんだ。なにか落したのなら、わたしが取ってあげる」
小坊主は初
前へ
次へ
全10ページ中3ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング