女であった。
「どうも飛んだことだったね」と、半七は一と通りの悔みを云った上で、あらためて訊いた。「そこで早速だが、ゆうべのことに就いてなんにも心あたりはねえのかえ」
お伊勢は鼻をすすりながら昨夜の顛末《てんまつ》を訴えたが、それは庄太の報告とおなじもので、別に新らしい事実を探り出すことは出来なかった。半七はまた訊いた。
「その女の人相というのはちっとも判らなかったかえ」
その女が白地の手拭をかぶって、白地の浴衣を着ていたのは、お伊勢もたしかに認めたが、そのほかのことは夜目遠目でやはりはっきりとは判らなかった。しかしそれが若い女であるらしいことは、彼女もお捨の申し立てと一致していた。
「その女は跣足《はだし》だったかえ」
「はい、どうもそうらしゅうございました」と、お伊勢は思い出したように云った。
年のわかい、白地の浴衣を着た跣足の女、それだけのことはもう疑う余地がなかった。半七はその上にもう少し何かの手がかりを得たかったが、相手はとかくに涙が先に立つので、しどろもどろのその口から何も聞き出せそうもないと諦めて、半七はそのままお伊勢を帰してやることにした。
「どうぞ娘のかたきをお取りください」
お伊勢はくり返して頼んで帰った。やがてもう午《ひる》に近くなったので、半七は庄太を誘い出して近所の小料理屋へ飯を食いに出た。
「どうですえ、親分。お調べはもうこんなものですか」と、庄太は酌をしながら小声で訊いた。
「どうも仕方がねえ。差し当りはこのくらいかな」と、半七も小声で云った。「そこで、おれの考えじゃあ、この一件は二つの筋が一つにこぐらかっているらしい。まず人を啖い殺すやつは獣物《けだもの》だな」
「そうでしょうか」
「人を啖うばかりじゃあねえ。そこらで鶏がたびたびなくなるという。勿論、鬼娘が見あたり次第に相手を取っ捉まえて、人間でも鳥でも構わずに、その生血《いきち》を吸うのだと云えばいうものの、どうもそうとは思われねえ。ちょいと、これをみてくれ」
半七は袂をさぐって、鼻紙にひねったものを出すと、庄太は大事そうにあけて見た。
「こんなものをどこで見付けたんですえ」
「それは露路の奥の垣根に引っかかっていたのよ。勿論、あすこらのことだから何がくぐるめえものでもねえが、なにしろそれは獣物《けだもの》の毛に相違ねえ」
「そうですね」と、庄太は丁寧に紙をひろげて、その
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