おろしてあった。戸のあいだから覗いて見ると、小僧の一人がぼんやりと坐っていた。
「おい、おい。小僧さん」
半七は外から声をかけると、小僧は入口へ起って来た。
「皆さんはお送葬《とむらい》からまだ帰りませんかえ」
「まだ帰りません」
「小僧さん。ちょいと表まで顔を貸してくださいな」
小僧は妙な顔をして表へ出て来たが、かれは半七の顔を思い出したらしく、急に形をあらためて行儀よく立った。
「ゆうべは騒がせて気の毒だったな」と、半七は云った。「ところで、お前に少し訊きたいことがあるんだが、一昨日《おととい》か一昨々日《さきおととい》頃、この店へ筆を取り換えに来た人はなかったかえ。この水筆《すいひつ》だ」
ふところから紙につつんだ水筆を出してみせると、小僧はすぐにうなずいた。
「ありました。おとといのお午過ぎに若い娘が取り換えに来ました」
「どこの子だか知らねえか」
「知りません。この筆を買って帰ってから、一※[#「日+向」、第3水準1−85−25]《いっとき》ほど経って又引っ返して来て、穂の具合が悪いからほかのと取り換えてくれと云って、ほかのと取り換えて貰って行きました」
「ほかには取り換えに来た者はねえか」
「ほかにはありませんでした」
「その娘は幾つぐらいの子で、どんな装《なり》をしていた」
「十七八でしょう。島田髷に結って、あかい帯をしめて、白い浴衣《ゆかた》を着ていました」
「どんな顔だ」
「色の白い可愛らしい顔をしていました。どこかの娘か小間使でしょう」
「その娘は今まで一度も買いに来たことはねえか」
「さあ、どうも見たことはないようです」
「いや、ありがとう」
小僧に別れて、浅草の方角へ足をむけると、半七は往来で源次に出逢った。
「親分。舐め筆の娘はどっちも堅い方で、これまで浮いた噂はなかったようです」と、源次は摺り寄ってささやいた。
「そうか。時に丁度いいところで逢った。おめえこれから浅草へ行って、庄太にも手を貸してもらって、上州屋にいる奉公人の身許をみんな洗って来てくれ。男も女も、みんな調べるんだぜ。いいか」
「判りました」
「じゃあ、おめえに預けて俺は帰るぜ。大丈夫だろうな」
「大丈夫です」
それから二、三軒用達しをして、半七は神田の家へ帰った。近所の銭湯で汗を流して来て、これから夕飯を食おうとするところへ、お粂が来た。
「行って来ましたよ」
「
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